キワモノプッツン女優の真性M山中モナのブログ

カテゴリ: SEX




富士の樹海とゲイパーティで回すDJにミックスを頼んだが手に入らないのだが、



完璧な日だった。



わたしはもう液体しか摂取しない生き物でいいと感じた。




空間奥からの逆光で、横向きに寝そべった他人の背中の隆起と沈降がARTぽいと最初思ったけど眠くて、ただし、眠いのはいい映像で。


背中全体に彫られた髑髏が笑っている。



うとうとしながら、あのまま死ねば良かった。



最初の三曲が後から効いて来て、割と単純作業のループのせいで、黎明にかけてアッパーになる。



変な錠剤などを買い込んでもらい、致死量も調べてもらい、殺して貰えば良かった。



人生がイッテる山のてっぺんみたいのを、静かに降下する。



なだらかなパルス。



肉体とは手離すと残酷なもので、次の日になったら知らない肉体に対して心臓が鼓動する。


でも恋ではない。



フラストレーション。気持ち良くない。


早く金を作ってこんなところからおさらばしたい。


スーツケースを大きいのに変えて、手荷物は入るだけにする計画を続ける。



ペットは死んでしまった。



あたしは、眠るように安楽死したい。




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あたしも、眠るように安楽死したい。



あたしは、彼女じゃないから妊娠しない。



だから、幸福はここで打ち切り。


背中に髑髏も彫らせてあげられない。


よく言えば人魚姫の死骸の泡のように、


クラムボンはぷかぷか笑ってる、まるでシュルレアリズム。


泥の中に沈降したいのに、強制起動でまた朝が来る。


電車の音。環状線沿いの騒音。雀の鳴き声。



東京の朝の青。



お金だけ欲しい。抱かれるだけが仕事の人形になりたいのに。




眠い。

厳密に言うと、わたしは人間とセックスするのが下手なんじゃないか。抽象的な映像や抽象的な音楽とセックスする習慣があり、つまり、衣装のデザインに騙されて、着エロやるような人である。


なので、色彩の持つ力と音楽の持つ力って、すごいんだなあと感じた。
シラフで楽しめる感性を、これからも、養っていきたい。沢山沢山、センス(愛情)のトレーニングをしよう。子宮がぶっ壊れかけて頭もパンクするほどに、世界を好きになろう。


マカロンとパステルぽい色を使い、邦楽をかけながらセックスする人と遊んだ。
嗜好品は、日本酒と赤マルなので、ゴツい感じだったけど、色とセックスした気分だった。

プライベートでは、赤い部屋でずっとセックスしていた。お香の香りと大麻の香りが仄かに香り、ミニマルなテクノに、大画面に流れる映画やサイケデリックな映像。フワフワと、泳いだまま、自分が、部屋にいるんだか、Agehaにいるんだか、Wombなのか、りくいどなのか、ヴィジョンなのか、エイジアなのか、イレヴンなのか、分からない。

失うことや壊れることが怖くて作らない人もいれば、自分の痛みは問わずガンガン作ってガンガン壊すような人もいる。


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いつも、黒づくめ、長袖長ズボンの野暮ったい自分。黒だから、彼らに歓迎されるのだろう。他人の色を壊さず、スクリーンのようなわたし。


でも、きっと長くは付き合えまい。
わたしは音ではないので、映像や空間の真の恋人にはなれない。

音、まだ気持ち良くなりきれない。
色彩や造形に対する反応の方が強いけど、音を勉強して、音に子宮が震えるようになりたい。


ねえ、テキストは誰の恋人に?
そして、それよりももっと無形なものは?

それすらも作り続けられない。
人生は長い。ハードルが上がり続ける。


私は、才能がなく、生まれつき終わっているから、寄り集まって何かを作ろうとはせずに、途中過程では、スタンドアロンだと認識している。というのも、たとえ関係性が、仕事理由の穴兄弟であっても、人が集まることで、必ず人は慈しみ合い愛し愛されてしまうからだ。能力の無い人間が、人と愛し合うというのは、不幸な結末を産む。まさしく君が言った通りだし、君からその言葉が出たのは嬉しかった。


さらにわかり易く言い換える。
自薦オーディションの課題文のテーマを、仕事を振り返りつつ「文芸とサブカルないしポップカルチャー」にしようとしたので、二ヶ月時間をかけてブレストし短いテキストを書いてみた。でも書いてみたら、演じるという視点までしか書けていないので、セッティングが不明確のが問題であると気付いた。何故ならば、結論部分を書くためには、偉大なプラトンじゃないけどイメージを軽視していないし(イメージを軽視しない事は、日常においては自意識過剰と言われかねないが、商業ではブランディングといい、必要不可欠なものである)、私の分身であるイメージのブランディングについて、私の周囲の人達と意見が一致する会社への移籍を薦められたという次第であるからだ。たとえば「プライベートで彼氏がいるから、パブリシティ全開のAVには出演出来ない」という理由で拒否する事は、「専業主婦になっちまえ。俺はお前とは仕事しない。」と言われて終わりであろうし、プライベートを大切にしながらも、自分のジャンルで飯を食えるかどうかは、何十年も前から、皆が戦って来て、悲しい想いをし、幸せになれず仕舞いだった事だ。私の場合は、パートナーの有無と映像作品かリアルか等関係なく、面白ければやって来た。その結果、耳障りな事を沢山言われた。


まだ、自薦オーディションには提出していないので、結論を定義つけない今の部分について書いた課題文が下記である。


今、日本で商業として演じる事には、ポップカルチャーと文芸の二軸があるように感じる。


映像メディアが普及した今、ポップカルチャーにおいて、容姿が綺麗に映像で纏まる事や、自分をビューティに演出する仕事に憧れて、パフォーマーや俳優女優やる人達が大多数である。だから、男性の性を受け止める内容を露骨に含むようなハードめなフェチ等の仕事は、そういう現代的な人達に対してアンチを出せるのかもしれないけど、やった結果、内容に絡み(男優との性交)が含まれる事で変態や淫乱って言われる結果になるだけで理解されないし、同じ土俵に乗っている事には変わりない。


かたや、崇高な文芸が持つ概念あるいは作品を成立させるのに必要な観念に、自分の中でリアリティを感じ続け、そのセッティングの中でやり切れるのかと行ったら、ある一定の芝居が要求されるのだが、日常に忙殺されて自分の中でそれを保ち続けられずに空中分解してしまう。


つまり、何か。私は幸せである。

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あなたの言うとおりだったわ

あなたに肯定されている事だけが
私の価値の全てだったの

あなたが居ない時、私はまるで塵のよう

煤を被った灰色のワンピースが私にはお似合いだわ

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勝手に孕んで別れられる女もいるし、
勝手に彫る女もいる。
女なんてそんなもんだ。
だから、「結婚の心配がある。」とか、多少見知っている男性にあまり発言されたくない。胃が痛い。デジタルワールドからログアウトしたい。
だって、なんで私は、歳取っちゃってんだろーなー、とか、違うDNAに生まれていたら、子供欲しかったんだろうし、自分がポジティブで居られて、ED入って居ない状況だったら、そいつを色仕掛けとかで騙して、中だしさせて、勝手に妊娠してたかもしれない。
盛り過ぎか。今の年齢だから分かる、その人の価値でもある。それは芝居歴の問題だ、仕方ない。私は天才じゃなかった。
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私の心の歩みはとても遅いのだけれど、春までにまた彫ろうか。
必ずしも恋愛感情ではなくて良いだろうし、理由は小さなリスペクトや馬鹿馬鹿しい青春の共有でもいいんじゃないの?
だって全ては虚無だもの。
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「そうやって人に利用されるのかよ。」って、電話越しに叫んで、守ろうとしてくれた人は、この社会にもう居ない。存在してはいけない過ちを犯したから。

その人の居ない毎日を生きる。

この先、何十年と。死別より早い別れ。

でも、私の中では、死なせたくなくて。

風化しそうになると、わざわざペンを持って思い出そうとするのだ。

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